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How dare youな少女の叫びに思う [随思庵-徒然思いを語る草庵-]

 ちゃんとした大人ならば、こういういたいけな少女の切実な叫びにはきちんと耳を傾けるべきだろう。ただ、もう耳も心も汚れてしまった身としては、こうした少女の切実な叫び以外に手法を持ち得ない大人たちへの苛立ちが先に募るのだ。
 同じようなことを彼女の年頃から思っていた私とすれば、結局この30年間、日本も世界も、全く進歩しないしてこなかったと言うことなのである。そう言ってしまったら今の日本のリベラルには人非人扱いされるのだろうけれども、その間、肝心の理論は、左派、リベラルこそがこの子たちの期待に応えて来られなかったのである。
 もう少し踏み込んで言えば、人間の理性ばかりに目を向けて欲望と言うものに、そしてまた資本というものがその欲望を使って回転する内在的な論理に一切目を向けなかったこの恥ずかしい知と観察力の脆弱性を恥じるべきなのである。理性ばかりを語って、現実がそうならないことへの苛立ちを募らせ、仮設した敵に向かってぶつける度合いが年々ひどくなっている。それもこれも、こんなか弱い女の子の声を借りてより他に主張ができない大人たちの力の弱さのほうに、いま最大の問題があるのだ。
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