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初春の長谷寺で写経なぞ [道心庵-迷いに導を探す草庵-]

久しぶりの土日休み。新年度まではもうないかもしれない、と思い、車を駆って遠出。といっても鎌倉までですが。行き先は鎌倉長谷観音。そのうち書こうと思ってもう如月も半ばを過ぎてしまいましたが、今年は目標の一つに勝手に三十三観音めぐりを掲げており、その五番札所。大和の長谷寺を模したと思しき山麓に作られた境内には清水が湧き、梅も咲き始めていてなかなかの風情。

 

この風情の中で、じっと写経をする。般若心経の写経はすぐ済むと思いながら、いつも中盤以降長くなる。長くなるのはいいことで、一字一字に問いかけながら写経をすることになる。個人的には宗教というよりも思索の匂いが濃い癖がある僕の仏道だが、それでも、字の意味を考えながら書いていくことは悪くない。身体と思索はつながっているのだ、と思いつつ筆を執る。墨をすり、字をなぞる、その時間的余裕が欲しい今日この頃。

混雑を避けるためにちょっと早めに帰宅した後、笑点なぞ見ながら夕食はおでん、残り汁はうどんにして食べる。笑点の演芸に出てきたロケット団という若手の漫才はなかなか基礎的で面白かったよ。直近の笑いよりはしっかりとした笑いを求めるようになった今日この頃。そういう笑いが少ないのは、いや少なくはない、末広亭や広小路亭に行けば見られないことはないのだが、何せ忙しい身、見る機会が減ったというのが正解。それはそれ、こんな凡庸な週末が月に一、二度は欲しいもの。

メール問題は、週末各番組ともやっていて、こういう話題を提供したことには意味があったが、ちょっとやり方が雑だっただけに逆に党首のクビをかけた戦いになりつつあるのは面白くないわけでもない。ただ、基本的な見解は前回書いたとおり。自分の身に引き合わせてしかものを考える余裕がありません、です。

スキージャンプとか見ようと思っていたが、爆睡。見たってメダルに手が届いたわけじゃなし、あからさまに苛立ちを隠せないコーチを見るの嫌だし。そのコーチが言っていた「ふつうに飛んでいてはダメだ、本番ではプラスアルファを出せなければ」というのは正論で、五輪とはそれだけ選手には重圧のかかる試合なのだが、そこに適当に文句をつけるみのや小倉にさらに苛立つ。「議員年金出すぐらいなら選手に年金出せばいい」という小倉さん、そりゃ暴論。何のかんの言ったって議員がいなければ社会生活は困っちゃうが、メダルが取れなくったって生活にはこまらないですよ。選手個々人の努力や、競技団体のさまざまな活動を否定する気は全くないが、国庫にまで話が行けばそれは無責任というもの。

なお、最近はすっかりカーリングびいきに。いや、いまだにスポーツとして認める気にはならないけれども、ゲームとしてはなかなか面白いシロモノです、何度見ても。


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